誕生〜幼少

    S43


    4月28日午後2時56分、父・一夫、母・洋子の次女として、東京都・世田谷の都立母子保健院にて誕  生。身長47・5B、体重2740g、胸囲31B、頭囲31.5B。髪がうすくて小柄だったが、とても元気な赤ン坊だった。そのとき、姉・京子は7才、兄・一洋は3才。



    5月、ただの風邪と誤診され、注射をたくさん打たれて、危うく死にかける。その注射のあとは今でもヒザに残っている。

    10月、マンマと、はじめてしゃべる。それから2ヶ月後、ようやく歯がはえてくる。


    S45

    2〜3才のときの遊び道具は、赤い三輪車とリカちゃん人形。ときおり、壁に向かってしゃべりだすという、妙なところもあった。毎日、“角のパン屋”にパンを半斤買いに行くのが日課。
    仙土さんという、隣の老夫婦にとてもかわいがられ、おもちゃをもらったり、夕飯をごちそうになったりもすする。らっきょうの存在を知ったのも、この家でごちそうになってから。
    S46

    4月、世田谷区・上町から現在住んでいる小金井市に引っ越す。エレベーターがついてるところと、トイレが水洗でしかも洋式というところが、子供ながらにとても気に入り、大喜びする。

    幼稚園

    S48


    4月6日、小金井教会幼稚園・ばら組に入園。担任は亀田先生。先生の名まえがなかなか覚えられず、もしもしカメよの“カメ先生”と覚えていた。












    5月1日、西武園遊園地に初めての遠足。みんなリュックサックを背おってるのに、自分だけ、お弁当をお菓子を、“ダリヤちゃん化粧バック”に入れて行き、恥ずかしい思いをする。

    11月1日、高尾さんに遠足。

    12月、いわゆるおもらし事件。お弁当の時間が終わる寸前、こらえきれずにそそう。
    S49

    4月、ゆり組に進級。担任は、いつもGパンをはいてい
    る、井田先生。

    5月14日、井の頭公園に遠足。

    10月、運動会。このころはまだ、走るのはノロかった。

    10月9日、神代植物公園に遠足。

    10月13日、七五三の7才(かぞえ)のお祝いで、初めて着物を着る。口紅をつけたのも、初めて。
    幼稚園の2年間は、人見知りが激しく、おとなしく、男の子に死んだトカゲを持って追いかけられてはすぐ泣いちゃうような、気の弱い子だった。当時、夢中だったのは、『ひらけ!ポンキッキ』と、ジャングル鬼。お絵書きも好きで、やたらチューリップばかり描いていた。が、下手だった。
    S50

    3月18日、お別れ会で、初めて劇に挑戦。『サルカニ合戦』のカニの子供役で、セリフは「ワーイ」。

    3月20日、小金井教会幼稚園卒園。お気に入りのピンクのワンピースが着れたことは嬉しかったけど、大好きだった紙芝居がもう見れないことと、先生と別れることが悲しくて、大泣きした。
    小学校










    4月7日、小金井市第三小学校に入学。1年4組、担任は前田先生。とても厳しい先生で、一度だけ、友だちをいじめたというぬれぎぬで、怒られたことがある。小学校に入ってからも、おとなしくて引っ込み思案な性格が直らず、入学式早々、お母さんの姿が見当たらなかったため、泣いてしまった。

    4月27日、入学と同時に習いはじめたピアノの、初めての発表会。曲目は、「ぶんぶんぶん」小金井市公会堂にて。以後、発表会は、毎年ここで行われた。

    5月、小金井公園に遠足。歩くとき、必ず男の子と手をつながされたが、誰とペアを組んだかは、もう覚えてない。

    5月24日、紅白運動会。リレーの選手でかけっこ1位とゆーパターンは、すでにここで作られる。紅組だったが、この年は、白組の勝ち!!

    10月15日、全校遠足で、高尾さんに登る。これは、毎年の年中行事。
    51年

    4月、2年2組に進級。古久保先生とゆー、とてもいい先生が担任。木造校舎がこわされ、生徒全員、改築されたばかりの鉄筋校舎に移る。
















































    5月1日、この日より日記をつけはじめる。以来、とびとびではあるが、今も続けてる。

    5月21日、新宿御苑に遠足。近所の小金井公園は、入るときタダなのに、新宿御苑に入るときはお金を払わなきゃならない、とゆーことにビックリする。中で、馬乗りと、まりつきをする。

    9月26日、三小大運動会。50m走1位。リレーでもひとりぬき、1位。

    11月26日、学芸会。木の役をやる。

    12月、クラスの男の子から「好きだ」とゆー告白を受け、みんなのウワサのマトになってしまう。
    52年

    4月、3年2組に進級。担任は、また古久保先生になり、喜ぶ。保健委員に立候補するが、ジャンケンに負けて、花係。と同時に花に興味を持ちはじめ、家のベランダでスズランなどの花を育てる。

    5月、習字をはじめるが、3級までとって、一年間でやめる。ただし、書き初めを毎年、展覧会に出品されるくらい、字はうまかった。
    入学当時は、おとなしくて目立たなかったものの、学級委員やリレーの選手などをやってるうち、3年ぐらいになってくると、学年でも、目立つ存在に!!成績は、全科目TたいへんよくできましたU。「イク」とみんなから呼ばれ、性格も、じょじょに明るく活発になってくる。

    11月18日、三小音楽会。
    53年

    4月、4年2組に進級。今度の担任は、毎朝、教室でチェロを弾いてた、大内先生という男の先生。

    6月、交換日記とゆーものをはじめるが、相手は女の子。

    7月、異性に、初めて心をときめかす。ある日、家の近所でひとりで、石投げをして遊んでいたら、その石が、背中にスポッ。取り出そうと、あたふたしてたら、通りすがりのお兄さんが、「危ないよ!」と言って、取ってくれた。以来、そのお兄さんと顔を合わすことはなかったが、恋に近い状態になったことは確か。
    54年

    4月、5年2組。野溝(旧姓伴野)先生が担任。
    生徒会代表委員の書記に選ばれる。後期は、風紀、集会委員もつとめ、朝礼の企画などをたてた。6年生になっても引き続き行う。
    卓球部に所属。運動神経がバツグンだったため、部内で試合をして優勝したことも。

    8月、林間学校で八ヶ岳へ行き、初めて家族と離れて宿泊。夜、ふと目をさましたら、自分だけ、みんなと違う方向に寝てることに気づき、寝相の悪さを自覚する。
    55年

    2月15日、「オレも好きだよ」という、妙なラブレターをもらう。さぐってみたら、バレンタインに、生稲晃子の名まえである男の子に誰かがチョコを贈り、その男の子が本気にしてしまったとゆー次第。しばらくウワサになったが、交際には発展せず。

    4月、6年2組。クラスメートも担任も変わらず。

    8月、臨海学校で、千葉県・鵜原に。最終日に、Tおわりの言葉Uを述べた。

    9月、市の弁論大会で「読書の重要性」をテーマに話し、優秀賞を受賞。

    10月、市のサッカー大会に助っ人選手として参加し、優勝。ハットトリックも決めた!
    56年

    3月、小金井市立第三小学校卒業。親友と違う中学に進むのがつらかったが、泣かなかった。


    次のページ